「まだ歩けないんですけど、退院なんですか」
面談室で、ご家族から何度も聞いた言葉です。
私は病院で15年、作業療法士として働いてきました。退院の話し合いには、数えきれないほど同席しています。
先に結論を書きます。退院が早いのは、担当者が冷たいからではありません。最初からそういう仕組みになっています。
そして、もうひとつお伝えしたいことがあります。長く入院していれば良くなる、というわけでもありません。早く帰ったほうが良かった方を、何人も見てきました。
この記事では、病院が急ぐ理由と、ご家族が取れる3つの道を書きます。
「まだ歩けないのに」は、わがままではありません
よくあったのは、こういうケースです。
入院したときの見込みでは、歩けるようになるはずの状態でした。ところが痛みが強く、歩く練習に前向きになれない。日常でも動きたがらない。そのうち食事の量も落ちてきて、体の力を上げることが難しくなっていきました。
ご家族は、入院したときに「歩けるようになります」と説明を受けていたはずです。それが叶わないまま退院の話になる。納得できないのは当然です。
ただ、そのとき私たちが何を見ていたかを書かせてください。
歩くことは難しくても、見守りがあれば立てるようにはなっていました。だから「歩いて帰る」ではなく「車いすで動ける形で帰る」方法を探しました。ベッドからどう立ち上がるか。トイレまでの移動をどう組むか。そこを作り直して退院しています。
ご家族が見ているのは「歩けない」。私たちが見ていたのは「立てるようになった」。同じ人を見て、違うところを見ています。話が噛み合わないのは、そのためです。
急に決まったのではなく、最初から決まっていました
予定していた手術なら、手術の日に目安が決まっています
膝や股関節の人工関節の手術のように、予定して行う手術は、入院の期間がだいたい決まっています。私がいた範囲では、10日から2週間ほどが目安でした。
つまり「急に言われた」のではありません。手術をした日から、もう決まっていたということです。
内科の病気は「数値が落ち着いたら」です
肺炎や腎臓の炎症などで入院した場合は、炎症の数値が落ち着いたタイミングで退院の話が出ます。
ここがご家族にはいちばん分かりにくいところです。熱が下がって点滴が外れた時点で、病院の仕事はほぼ終わっています。でもご家族から見れば、親はまだ布団から出られていない。
病院は、長く置くほど損をします
多くの急性期病院では、入院が長引くほど病院の収入が下がる仕組みになっています。さらに病棟ごとに「平均在院日数」の決まりがあり、これを超えると病棟の体制そのものが維持できません。
これは隠された話ではありません。病棟の入口や待合に、掲示が貼ってあります。「看護職員は何人に対して何人」「平均在院日数は何日」といった内容です。
一度、探してみてください。相手の事情として目で見ると、少し気持ちが整理できます。
ご家族が取れる道は、3つあります
「退院」と言われたとき、行き先は家だけではありません。

① 回復期リハビリテーション病棟に移る
リハビリを集中してやる病棟です。ここに移れれば、生活に戻るための時間をもう少し稼げます。
ただしどんな病気でも入れるわけではありません。対象になる病気やけがが決まっています。入っていられる日数にも上限があります。これは次の章で書きます。
② 地域包括ケア病棟に移る(最長60日)
ご家族がいちばん知らない選択肢です。名前を聞いたこともない方が多いと思います。
私のいたところで言うと、家や施設では扱いが難しい状態の方が、一時的に入院しているところでした。急性期の病棟より長くいられます。
入ってくるルートには、ケアマネジャーから医療相談員へ、という流れもありました。つまり一度退院したあとに様子が悪くなった方の受け皿にもなっています。
「回復期リハビリ病棟は難しい」と言われたら、この病棟があるかを聞いてみてください。
③ 家に帰って、介護保険で組み立てる
家に帰るのは、負けではありません。あとで書きますが、家に帰ったほうが良くなった方もいます。
この道を選ぶなら、やることの順番が決まっています。「来週退院です」と言われたら|退院が早い理由と、家族が今日からやる順番にまとめました。
入っていられる日数には、上限があります
回復期リハビリテーション病棟は、「良くなるまで何か月でもいられる」場所ではありません。病気やけがごとに上限が決まっています。
| 病気・けが | 上限 |
|---|---|
| 脳血管の病気、脊髄の損傷、頭のけがなど/義足や装具をつける練習が必要な状態 | 150日 |
| うち、高次脳機能障害を伴う重い脳の病気、重い首の脊髄の損傷、多部位のけが | 180日 |
| 太ももの骨・骨盤・背骨・股関節・膝の骨折、2か所以上の骨折 | 90日 |
| 手術や肺炎などの治療で安静にしていたために動けなくなった状態(廃用症候群) | 90日 |
| 股関節・膝の人工関節の手術のあと | 90日 |
| 上の部位の、神経・筋肉・靱帯の損傷のあと | 60日 |
| 心筋梗塞など心臓・血管の病気、その手術のあと | 90日 |
数え方を間違えないでください。
- 発症した日からではなく、その病棟に入った日から数えます
- 別のリハビリ病院に移っても、日数は通算されます。リセットされません
だから「とりあえず入って、それから考える」ができません。入る前から、どこへ帰るのかを考え始めることになります。急かされているように感じるのは、このためです。
「発症から2か月以内」という決まりは、もうありません
ここは、インターネット上の情報がいちばん古いままになっているところです。
以前は「発症や手術から2か月以内に移らないと、回復期リハビリテーション病棟には入れない」という決まりがありました。2020年に、この期間の決まりは削除されています。
ところが今も「2か月以内でないと入れません」と書いたページがたくさん残っています。検索して不安になった方は、情報の古さを疑ってください。

これで変わったことが、2つあります。
① 治療が長引いた方も、入れるようになりました
病気の治療そのものに時間がかかって、2か月を過ぎてしまう方がいます。以前はその時点で、この病棟の選択肢が消えていました。
② 一度家に帰ったあとでも、可能性が残っています
私がいちばんお伝えしたいのは、こちらです。
実際にあったのは、こういう使い方です。急性期の病院から、一度家に帰りました。でも思った以上に動けず、生活が成り立たない。そこで再入院して、そのときに初めて回復期リハビリテーション病棟に入りました。発症からは2か月を過ぎていました。以前の決まりでは、これはできませんでした。
「退院してみたけれど、やっぱり無理だった」と、いま思っているご家族がいるはずです。もう手遅れだと決めてしまう前に、聞いてみてください。
ただし、誰でも入れるわけではありません。状態と回復の見込みによります。ここは私が保証できることではないので、必ず病院の医療相談員に確認してください。
ただし、選ばれる側でもあります
申し込めば移れる、と思っているご家族が多いです。実際は、病棟の側が選びます。
断られる理由は、だいたいこの2つです。
- 症状が回復する見込みがあるか
- 家に戻れる可能性があるか
そして、もう少し踏み込んだ事情もあります。回復の見込みが立ちにくい方ばかりが集まると、その病棟は基準を保てなくなります。だから受け入れを控える場合があります。
2026年4月に制度が変わり、リハビリの成果を数字で示す基準が広がりました。「良くなる見込みのある方を受け入れる」という方向は、むしろ強まっています。
残酷な話に聞こえると思います。ただ、知っているかどうかで受け取り方が変わります。断られたのは、親が見捨てられたからではありません。病棟の基準の問題です。
早く帰ったほうが良かった方もいます
ここまで、病院の事情を書いてきました。でも、この章がいちばん大事だと思っています。
入院が長くなることには、はっきりした不利もあります。
入院が長引くと、認知機能が落ちるリスクが上がります。入院中に一時的に混乱した状態(せん妄)になる方もいます。
面会に来たご家族が、先に気づきました
忘れられないケースがあります。
面会に来たご家族が「話した感じが、いつもと違う」と気づきました。病棟とリハビリの側も、同じことを心配していました。そこで急いで退院の準備を進めました。
体の回復は、正直まだ十分ではありませんでした。それでも置き型の福祉用具を急いで入れて、すぐに退院の調整をしました。在宅のサービスを整えるほうは、退院後にずれ込みました。
そして、混乱した様子は、家に帰ったら落ち着きました。
「動けないことより、認知症になるほうが嫌だ」
このとき、ご家族がそう判断されました。私は、この判断が良かったと思っています。
体の回復は、リハビリ病院にいた場合より遅れたかもしれません。でも帰ってからサービスを手厚めに入れて、少しずつ戻していきました。
なぜ、入院が長いと不利になるのか
病院も手を打っています。作業療法士、言語聴覚士、看護師が、認知機能が落ちないように関わっています。
それでも限界があります。入院が長くなる。同じ病室に話す相手がいない。決められた時間に起きて、出されたものを食べて、言われたことをやる。受け身の生活が続くと、刺激が足りなくなります。
そして認知機能が落ちてしまうと、戻すのはとても難しいです。体の機能より、はるかに難しい。
だから「少しでも長く入院させてもらう」が、いつも正解とは限りません。早く帰る側に理由があるケースも、確かにあります。
納得して帰れたご家族が、していたこと
同じように退院しても、納得して帰る方と、納得できないまま帰る方がいました。差があったのは、この3つです。
- 説明を、自分の言葉で理解できていた
- どこまで手伝えて、どこまで手伝えないかを、先に整理していた
- 困ったときに相談できる先を、確保していた
特に2つめです。「全部やります」と言ったご家族は、たいてい後で行き詰まります。
できないことは、できないと言っていいです。介護は、家族が全部見るものではありません。
そして医療相談員と一緒に、実際の生活に沿って順番に整理していくと、意外と進みます。「お風呂はどうするか」「日中ひとりになる時間はどうするか」と、1つずつです。
病院に聞いておくこと
窓口は「医療相談員」です
主治医に聞きにくいことは、医療相談員に聞いてください。ソーシャルワーカー、MSWとも呼ばれます。制度と外部のサービスにつなぐのが仕事です。
ひとつだけ、現場からのお願いがあります。相談員はとても忙しいです。悪気なく、頼んだことが止まってしまうことがあります。
だから「次はいつ連絡をもらえますか」と、その場で決めてください。期日を決めておくだけで、話が止まりにくくなります。こちらから確認の電話を入れても構いません。遠慮しなくて大丈夫です。
聞くことリスト
- 介護保険の申請は出していますか。まだなら、いつ出せますか
- 回復期リハビリテーション病棟に移れる見込みはありますか。難しいなら、その理由は何ですか
- 地域包括ケア病棟という選択肢はありますか
- 退院日の目安はいつですか
- 家に帰ったとき、何ができて、何ができない見込みですか(歩く・トイレ・お風呂・階段)
- 退院する前に、家を見に来てもらえますか
- 退院したあと、困ったらどこに連絡すればいいですか
この場で全部聞けなくて構いません。紙に書いて持っていってください。面談は思ったより早く終わります。
ひとつ注意|退院後に外来のリハビリを続けたい方
入院すると、介護保険の申請をする流れになることが多いです。ほとんどの方は、それで困りません。
ただし「介護保険のサービスを使う予定はないけれど、退院後も病院の外来でリハビリを長く続けたい」という方は、順番を間違えないでください。
制度の組み合わせによって、外来のリハビリを続けられなくなる場合があります。条件が細かいので、ここでは断定しません。
ですので、「介護保険を取ると、退院後の外来リハビリはどうなりますか」と、医療相談員を通してリハビリの担当者に聞いてください。
一度受けた認定を取り下げるのは、おすすめできません。取る前に聞くのが大事です。膝や股関節の手術のあとで外来リハビリを続けたい方は、特に確認してください。
怒る相手は、病院ではありません
早く退院を求められるのは、追い出されているのではありません。治す場所から、生活に戻す場所へ渡す仕組みになっています。
ただ、知らされていないことには、怒っていいと思います。仕組みの説明を受けないまま日付だけ決まるのは、不安になって当たり前です。わからないことは、わかるまで聞いてください。
最後に、現場から見ていていちばん差が出たことを書きます。
早く動いたご家族が、結果的に楽になっています。
申請や連絡が止まっていると、本人も家族も病院も困ります。日曜しか病院に来られないご家族は、本当に大変だと思います。それでも、できる範囲でいいので、早めに動いてください。
何をどの順番でやるかは、こちらにまとめました。

コメント