防災の話は「非常持ち出し袋に何を入れるか」から始まりがちです。でも、介護が必要な家族がいる家では、そもそも避難所に行けないことが多い——ここが出発点になります。この記事では、在宅避難を前提に、本当に困るものを優先順位つきで整理します。
なぜ「避難所に行けない」のか
体育館などの避難所は、健康な人を前提に作られています。要介護の家族を連れて行くと、次の壁にぶつかります。
- トイレ:仮設トイレは段差があり、手すりもなく、和式のこともあります
- 床に寝る:床からの立ち上がりは、高齢の方にとって最も負担の大きい動作です
- 夜間の物音と明るさ:認知機能が低下している方は、環境の変化で混乱が強まります
- 周囲への遠慮:「迷惑をかけるから」と、家族のほうが先に諦めます
結果として、多くのご家庭が「家が無事なら家にいる」を選びます。だから備えも、避難する前提ではなく「家で数日しのぐ前提」で組み立てるべきなのです。
なお、環境の大きな変化が混乱につながる話は認知機能の低下と転倒の関係でも触れています。「いつも通り」を守れることは、在宅避難の隠れた利点でもあります。
優先順位①|トイレ(いちばん待ってくれない)
食料と水は1日待てます。排泄は待てません。そして断水すると、水洗トイレは使えなくなります。マンションの上層階なら、停電でポンプが止まるだけで水は出ません。
備え方は2通りあります。
A. 凝固剤タイプ(水がいらない)
今ある便器に袋をかぶせ、用を足したら凝固剤で固めて捨てる方式です。水がまったく不要なので、断水が長引くときの本命。今使っているトイレをそのまま使えるので、本人にとって環境の変化が最も少ないのも利点です。1人1日5回として、家族の人数×日数分を目安に備蓄してください。
B. 携帯水洗トイレ(水が確保できるなら快適)
洗浄水のタンクを備えた独立型のトイレです。水を流せるぶんにおいが少なく、汚物タンクにためて後でまとめて処理できます。断水中でも、浴槽にためた水やポリタンクの備蓄があれば使えます。車中泊や、避難先での使用にも対応できるのが強みです。
Nice Way 携帯式ポータブル水洗トイレ 18L
洗浄水12L・汚水18L・本体5.8kg。水を流せるタイプなので、においを抑えながら複数回使えます。災害時のほか、車中泊や帰省の道中にも。
※座面高21cmと低めです。立ち座りに不安がある方の日常使いには、肘掛けつきの介護用ポータブルトイレのほうが安全です(下記参照)。
すでに夜間の排泄に不安がある方は、災害用とは別に、日常使いできる介護用のポータブルトイレを用意しておくのが確実です。肘掛けがあって高さも調整でき、そのまま非常時にも使えます。「普段から使えているもの」が、いちばん頼れる備えになります。
優先順位②|薬(止まると命に関わる)
持病の薬は、数日途切れるだけで状態が大きく崩れることがあります。備えは3つです。
- お薬手帳のコピーを紙で持つ:スマホの写真だけでは、電池が切れると見られません。薬局や避難先の医師に「何を飲んでいるか」を伝えられれば、代替の処方が受けられます
- 1週間分の予備を切らさない:受診はギリギリではなく、余裕を持って
- 薬の保管場所を家族全員が知っている:本人しか知らない状態が一番危険です
優先順位③|停電で止まるものを把握しておく
介護の道具は、思っている以上に電気で動いています。停電したとき、自宅で何が止まるかを一度確認しておいてください。
- 電動介護ベッド:起き上がりや立ち上がりを助けていた機能が止まります。手動で下ろせるレバーの位置を確認しておきましょう
- エアマット(床ずれ防止マットレス):送風が止まるとしぼみます。長時間の停電が見込まれるときの対応を、福祉用具の事業者に聞いておくと安心です
- 吸引器・在宅酸素などの医療機器:これに該当する方は、必ず主治医と事業者に「停電時の手順」を確認してください。電源の確保は命に直結します
- エレベーター:マンションの上階に住んでいる場合、停電した時点で外出はほぼ不可能になります。だからこそ「家にとどまる備え」が要ります
医療機器を使っていない家庭でも、ポータブル電源が1台あると「スマホの充電が切れて連絡が取れない」「暑い夜に扇風機も回せない」といった事態を避けられます。介護ベッドやエアマットに使う場合は、必要な電力と使用可能時間を必ず事業者に確認してください。
意外と知られていない「避難行動要支援者名簿」
多くの市町村には、災害時に自力で避難するのが難しい方を事前に登録しておく制度があります(名称は自治体によって異なります)。登録しておくと、災害時に地域の支援者や消防・民生委員が安否確認に回る対象になります。
申し込み先は市町村の福祉担当課か地域包括支援センターです。「離れて暮らしていて、すぐ駆けつけられない」ご家族こそ、親御さんの住所地で登録できないか確認してください。手続きは無料で、一度登録すれば毎年更新される自治体がほとんどです。
あわせて、ケアマネジャー・地域包括支援センター・かかりつけ医の連絡先を紙に書いて冷蔵庫に貼っておくのが定番です。スマホが使えない状況でも、駆けつけた人が見られます。
移動の備え|靴と福祉用具
いざ避難するとなったとき、足元がスリッパでは歩けません。玄関にすぐ履ける「かかとのある靴」を1足置いておいてください。ガラスや瓦礫の上を歩く可能性を考えると、底のしっかりしたものが理想です。靴選びの条件は高齢者の靴選びに迷ったらを参考に。
杖を使っている方は、先ゴムの状態も点検しておきましょう。すり減った杖は濡れた路面で滑ります(杖の高さと先ゴムの記事)。車椅子を使っている方は、避難経路に段差がないか、実際に一度通って確かめておくと安心です。
よくある質問
Q. 何日分を備えればいいですか?
一般に3日分、できれば1週間分と言われます。ただし介護のある家庭では、「量」より「途切れると困る順」で考えるほうが実用的です。トイレ、薬、水、電気。この4つから積み上げてください。食料は後回しで構いません。
Q. 本人が備えを嫌がります(「うちは大丈夫」)
正面から説得するより、生活に紛れ込ませるのがおすすめです。ポータブルトイレは「夜だけ使うと楽だよ」、水は「安いときにまとめ買いした」、電源は「停電のときスマホが充電できるから」。防災用品としてではなく、日用品として置いておくほうが受け入れられます。
Q. 離れて暮らしています。何から手伝えばいいですか?
次の帰省で3つだけやってください。①玄関にかかとのある靴を1足置く ②連絡先を書いた紙を冷蔵庫に貼る ③トイレの備蓄を買って置いてくる。この3つは説得がほとんど要らず、効果が大きい部分です。見守りの仕組みとあわせて考えると、平時と災害時の両方に効きます。
まとめ|避難所に行けない前提で備える
- 介護のある家庭は在宅避難になりやすい。備えは「家で数日しのぐ」設計で
- 優先順位はトイレ → 薬 → 電気。食料より先に、この3つ
- 普段から使っている道具が、いちばん頼れる備えになる
家の中の安全対策そのものは高齢者の住まいの安全ガイドにまとめています。地震で家具が倒れれば、それ自体が最大の転倒リスクになります。防災と転倒予防は、同じ話の裏表です。


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